夫と私

よくあるタイプの女オタクの私とサッカーが好きな夫の話

誰のせい

最近職場では結婚式、新婚旅行をする人が複数おり(私も含めて)、関係ない立場でも幸せな雰囲気を味わっている。

ただ、同時に周囲から「今が一番楽しい時期で、子供ができたら大変」みたいなことを言う人がいて、聞くたびにモヤモヤしてしまう。自分でも理由がよく分からず困っていたので、少し考えたことをここに書く。

 

「楽しいのは今だけ」って、本気で言っているのだろうか、疑問だ。

私は自分の人生が年々良くなっている自信がある。子供のころより明らかに自由になったし、欲しいものは手に入れられるし、行きたいところに行ける。結婚して、今までよりも夫を守れるようになったし、守ってもらえるようにもなった。それでいて普段の生活は変わらないから純粋なプラスになっている。他人から見てマイナス面があったとしても、私が感じていないならなんの問題もない。

子供をもつなら、きっとその夫婦が「自分たちには子供が必要だ」と思ったからなのだろう。自分一人のわがままを通すのは難しくなるが、望んで得た子供を可愛がれるのなら幸せなのではないだろうか。もちろん子供を得てからそうは思えなくなることもあるだろうが、それは子供をもつという自分の選択が(結果的に)間違っていただけで、結婚したことや子供をもったことが悪いわけではない。過激な自己責任論に聞こえるかもしれないけれど全くの逆で、悪い人は誰もいない。ただ子供のいる生活に適応できない人間だったという事実がわかっただけで、うまく適応策を練りながら子供の自立を待つという解決策がある。人を責めずに仕組みを責める、ということを会社で教わった。問題の大小はあれど、人を責めても何にもならない。

また(私のように)子供を持たない選択をする人もいる。まずそのことに思い至っていない雰囲気に困惑してしまう。

「子供がいないから夫婦仲良くいられる」という言葉を翻訳すると「私には子供がいるから夫婦の関係をメンテナンスできないし、仲良くいられないのは仕方ない。あの人には子供がいないから夫婦のことだけ考えていればいいし、仲良く過ごせるのは当たり前」になるのではないか。当然子供がいても夫婦の関係を良好に保てる人もいるし子供がいなくてもギスギスした夫婦もいる。要は本人が状況に対応しているかどうかというだけのことだ。いろいろ事情はあるのだろうけど、自分ができていないことの言い訳をするだけならまだしも、あの人はラクをしているみたいなことを言うのは無茶な話だ。誰だって悩みはあるし、人間関係のメンテナンスはいつだって大変だ。

そういうことをたまに話すと、そんなに考えて生きてる人はそんなにいないと言われる。そうなのだろうか。私の人生は全体的に周回遅れだから考える時間は沢山ある。私が特別に時間に恵まれて、考えることができているなら幸せなことだが、それで他人は不幸なのだとは思わない。できるだけ問題を切り分けて、情緒に結びつけずに、淡々と過ごして行きたいと思いながら過ごしている。